我儘随筆

奥渋谷でこっそりセレクトショップやってます。我儘に書いていきます。コメントは1人で楽しみたいので公開しません。

「きっかけ」の話。

すみません、暫くブログサボってました。


いや、正確には書こうとはしていたのですが、


思うように文章がまとまらず。


書きたいときに、ぐわーって書きたいんですよ僕は。


今日なら、いけそうな気がするので書いてみます。


今日はタイトルにもある通り、「きっかけ」の話をしようかなと。


「きっかけ」と一言で言いましても色々ありまして。


大好物ができた「きっかけ」、その仕事に就いた・辞めた「きっかけ」、人を好きになる「きっかけ」…。


今回、僕が話したいのは、


僕のお店を知る「きっかけ」


について話したいなと思います。


主に僕のお店が行う、広報的なお話しになるかなと思います。


僕の中で、お店を経営していく中で1つルールを決めていて、


「広告費は1円もかけない」


というルールがあります。


それはなぜかというと、僕は広告費をかける位なら、


カッコいい店舗用の什器にお金を使いたいし、


お客様に届けるためのカッコいい洋服(洋服以外も)の仕入れにお金を使いたいからです。


それに今は上手く言葉にできないので、すごく抽象的な伝え方になるのですが、


広告費を払ってした宣伝でできたファンって、なんか似非なファンな気がしてしまうのです。


(これに関しては今、理由を上手く説明できません…。)


だから、僕は基本的に一切、お金のかかる宣伝方法はしません。


今まで様々なメディア媒体やインフルエンサー(この呼び方すごい嫌なんですけど、現状これ以外に表現できる言葉が無いので嫌々使います)に、


お店の告知をしていただいてますが、それらに一切、金銭のやり取りは発生していません。


つまりはどういうことかと言うと。


僕は原則、


「お金のかからない、広告なら何でもやります。」


ということです。


まだ正確には決定していないので、発表はできませんが、


テレビや雑誌、新聞、Youtuber、TikTokerなどなど。


お金がかからないのであれば、僕はいくらでもそれらの媒体で告知をしていくつもりです。


そして、僕はわかるんです。


そうなっていくと、


「あぁ、あんまり知られていない、あの感じが好きだったのに…。」


「YoutuberやTikTokerとかテレビとか、あのお店もミーハーな感じなんだな…。」


などということを言い出す、アンチが生まれてくることが。


まだ、その様な状況ではないと思うのですが、


その様な状況になっていると仮定をしましょう。


そしてその状況で、今まさにこのブログを読んでいる、アンチのあなたに一言。


「黙れ。」


なぜ、黙れなのかというと、


僕は人生を懸けて、お店を経営しているからです。


僕の中で、広告の概念は、あくまでも


「きっかけ作り」


なんです。


どんなメディアでもいいです。なんなら、友達に紹介されたという口コミでもいいです。


そのきっかけでお店に来てくれるまでが、広告のあり方だと思います。


お店に来た後は、もう広告は関係ないと思っていて。


その後は、


品揃え、内装の雰囲気、接客のクオリティー、クロージングの立ち振る舞い…etc。


といった、お店のパフォーマンスでその「きっかけ」を生かすか殺すかが決まると思います。


いかなる「きっかけ」で来店された方も、どっぷりそのお店のリピーターになるかもしれないし。


反対にもう二度、そのお店に来なくなるかもしれない。


それで良いと思います。


なので僕の中での広報のロジックは、


できるだけ幅広い人にお店に来る「きっかけ」を作ってあげて、


その「きっかけ」を使って、全身全霊で接客をする。


ただ、それだけです。


その延長線上に、


売上が生まれたり。


お客様が洋服を好きになってくれたり。


という、+な結果が待っていると思います。


真剣にお店を経営してる方々(僕もです)の「きっかけ作り」を、馬鹿にする権利なんて誰にも無い筈です。


だから、僕は広告媒体の系統に勝手に優劣をつけて、お店を非難するアンチに「黙れ」と言いたいのです。


僕はそのアンチの顔色を窺いつつ、「きっかけ」が作れないまま、死ぬ(お店が閉店するということ)よりも、


アンチを無視してでも、できることは全てやって、自分の好きなことをやり続けたいです。


冒頭の例えでも述べましたが、人を好きになる時も、


誰かに話したら、笑われてしまう様な、些細な「きっかけ」で人を好きになってしまうじゃないですか。


それに対して、ギャーギャーと非難されましたか?


周りのみんなは「わかるよ、わかる。」と言ってくれた筈です。


だから同じ様に僕のお店の「きっかけ作り」も寛容な精神で受け入れて下さい。


「きっかけ」のゲシュタルト崩壊を起こしそうなので、今回は以上。


あ、3月10日まで、ジュエリーのイベントやってます。


これも誰かの人生をより楽しくする「きっかけ」になってくれると良いな。


それでは、また。

 

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「みんなに愛されるなんて、まっぴらごめんだ」という話。

皆さん、こんばんは。


今月の前半は申し訳ございませんでした。


風邪で死んでいました。


だいぶ、体調も戻ってきたのでブログでも書きますね。


最近、色々な人たちとお会いする機会が多いのですが、


結構な確率でブログを読んでいてくれる人がいてびっくりしてます。


ありがとうございます。


今日も元気に我儘に書いていきます。


今回は「好きと嫌い」の話でもしようかなと思います。


いきなりですけど、僕は


「みんなのことが大好き!」


という人が嫌いです。


嫌いというか、めちゃくちゃ胡散臭いなって思います。


全ての人を愛せる人なんて、多分存在しないと僕は思っています。


誰しも人の好き嫌いはあると思っていて。


僕もまたその一人。


こんなこと言ったらセレクトショップのオーナーとして失格かもしれませんが、


「なんかこの人、合わないなー」


っていうデザイナーさんや、


「この人の態度、なんか気に入らないなー」


っていうお客様とか。


めーーーーーーーーーーーちゃくちゃいます。


原則、そういう人には必要以上に関係性を持ちたくないので、


極力、近づかないようにしています。


(危害や圧力などをかけてくる場合は殺します)


僕もやっぱり人間なので、


「自分が尊敬できる人や面白いなと思える人」


としか、仕事はしたくないですし。


「自分のしてくれることに共感して、お金を払ってくれるお客様」


を最大限に大事にしたいなって思っています。


昔、自分はすごく八方美人で、


「誰からも嫌われたくない!そしてみんなに愛されたい!」


と、思ってました。


でも気が付きました。


「それは無理だ」


ということに。


勘違いしてほしくないのが、


「みんなから愛される」


ということは不可能なことではないと思います。


ただそれには


莫大な時間、


信じられない程の労力、気力(自分が傷付いてしまう程の)


圧倒的なお金


などなど。


が必要だと思っています。


そして、みんなに愛されようとすればするほど、


「何かが薄まる」(コンセプトや思い、情熱など)


気がします。


恋愛とかすごくわかりやすい例だと思うんですけど、


自分が好きな人や、自分のことを好きな人のために努力することって、


めちゃくちゃ楽しくないですか?


だから僕は、


「僕のお店や僕のすることが嫌いな人に、自分を好きになってもらう努力」


は、1mmたりともしたくないです。


(っていうか、しません)

 

そんな人たちのために、一喜一憂したり、時間やお金を使うなら、


その代わりに、


「僕のお店や僕のすることが好きな人が、もっと自分を好きになってもらう努力」


を、全力で(お金も時間も体力も全部使って)したいです。


さっきも述べましたが、そっちの方が楽しいし、楽なんですもん。


今回は、


僕の我儘についてこられる人だけ、ついてきてください。


ついてこられない人のことは知りません。


っていう話でした。


あ、来週もまた我儘全開の別注が入ってくるのでお楽しみにしてて下さいね。


それでは、また。

 

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「知識」と「美意識」の話。②

皆さん、こんばんは。


1月も終わりますね。


あっという間ですね。


ということで。(どういうことで?)


今日もブログを書いています。


前回は「知識と美意識」の話をしました。


前回の目線は消費者目線の話でした。


今回は経営者?(物でもサービスでもいいんですけど何かを提供する側)


の目線からのお話しをしようかなと。


(このブログでは提供者としましょう。)


結論から言いますと。


「世の中には美意識の低すぎる、提供者が多すぎる」


ということが言いたいです。


どいうことかというと。


例えば、小売店で言うとタグがめちゃくちゃ汚れてるとか。


なんでタグが汚れてしまうかというと。


一度、SALEになったアイテムってタグに○○%OFFっていうシール貼るんですけど、


SALE終わった後に、定価に戻すお店がたまにあるんですよ。


そのシールを剥がす時に、タグが着れたり、汚れたり、シールの粘着のベタつきが残るんですね。


その汚れたタグが付いたままの商品を、そのまま平気で出してるお店が結構あるんですよね。


多分、売る気無いんでしょうね。


というかお客様を馬鹿にし過ぎてると思うんですよね。


普通のお客様だったら、多分気が付くと思うんですよ。


「あれ?なんかタグが汚れてる...。」


と。


僕だったら、そんな商品絶対に買いたく無いですね。


あとは、僕、他のお店行った時、色々な所に目がいっちゃうんですけど、


恐らく、店員が気が付いていないところにめちゃくちゃ埃が溜まってたりするんですよ。


なんかそれ見ちゃうだけで、


「なんとなく、このお店に良い物は無いだろう…。」


という気持ちになってしまいます。


あとはインスタの写真。


このご時世、販促用に店舗やブランドのアカウントはほぼ全員持っていると思いますが。


そして恐らく、すごい良いカメラとレンズ使ってたりするのに、


写っちゃいけない物が写ってしまっている。


(ゴミとか埃、商品のタグ、タグの紐、反射して写る撮影者の顔...etc)


UPする前に確認しないのかな。


あとはインスタとかブログの文章。


いや別に難しい言葉を使えとかっていう訳じゃないんですけど。


何か文章を書いて、世に放つ人としては


「 」と「 」


を区別できない人は、文章を書いて欲しくないです。


あ、↑のやつは、「 」(半角スペース)と「 」(全角スペース)です。


「なんでそこは半角スペースなのに、ここは全角スペースやねん!統一しないんかい!」


って思ってしまうことが多々あります。


(敏感過ぎですか?笑)


最後はインスタのハッシュタグ


「#○○さんと繋がりたい」


この類のタグ、個人的にめちゃくちゃ嫌いで。


なんかヤリマン、ヤリチン感が迸ってませんか?


あと完全な偏見なんですけど、


#お洒落さんと繋がりたい


っていうタグ使ってる人でお洒落だなと思う人に出会ったことありません。


もしも使っている人がいたら、ごめんないさい。


(あんまり、ごめんなさいって思ってないですけど笑)


とまぁ、色々ぶちまけましたが。


これって全部、知識ではなくて美意識だと思うんですよね。


この美意識を得るためには、お金とか勉強とか必要なくて、


「お客様目線から見た時、お客様はどう思うかな?」


という当たり前のことを考えていたら、発揮できる美意識だと思っていて。


そういう

 

#美意識を持てない提供者さんとは繋がりたくない


っていう話でした。


それでは、また。

「知識」と「美意識」の話。①

皆さん、こんばんは。


何か最近ブログ書いてて、


「俺ってただの悪口しか言ってないんじゃ…。」


と、不安に駆られることもありますが。


今日も元気に書いていきます。


僕は基本的に洋服の話をすることが好きで、


仲の良くなったお客様と喋り出すと、


止まらなくなってしまうことが多々あります。


そんな時、よくお客様に


「よくそんなことまで知ってますね。」


と言われることが多いです。


そして、そのまま続けて


「僕、全然洋服詳しくないんです。」


と、少し恥ずかしそうに言うお客様に何人もお会いしてきて。


僕はそう言われる度に思っています。


「全然恥ずかしいことじゃない。」


と。


洋服を買いに行くのに、


「僕は洋服のことを全然知らないから、お洒落なお店に行くことが恥ずかしい…。」


と思って、なかなか洋服を買いに行けない人がいるかもしれません。


でも、そんなこと気にしなくて大丈夫です。


確かに知識が合った方が楽しいですけど。


知識は才能の様に先天的なものではなく、


後天的に後からついてくるものだと思ってます。


というか、僕もアパレルを生業としていますが、


業界の大御所たちや実際に洋服を作っている人に比べたら、


取るに足らない知識しか持っていません。


しかも、すぐに忘れたり、間違ったりします。

(ごめんなさい)


だけど。


その足りない「知識」を補うための「美意識」は持っていると自負します。


美意識って聞くと、なんだか意識高い系みたいになるし、ナルシストっぽく聞こえるのですが。


(実際、自分はめちゃくちゃナルシスト気質ですが)


正直、「知識」って限界があると僕は思っていて。


限界というか、人それぞれのキャパシティの違い?みたいのがあると思っていて。


(受験勉強とか一夜漬けとかに近い感覚です)


だから全然洋服に興味がない人でも、ブランドデザイナーの名前とか一瞬で暗記できちゃう人もいれば。


(世界史得意な人に多そうですね)


逆に、全然アパレル用語を知らない(覚えてない)人でも、めちゃくちゃお洒落な人もいると思っていて。


だから、正直お洒落に知識って必要ないんじゃないかなと思っています。

(何度も言いますがあった方が間違いなく楽しいです)


「洋服が好きな人たち」


というカテゴリーがあったとして、


そのカテゴリーの中にいる人の中で、僕がすごい嫌いな人?人種?がいて、


「アパレルの知識量=自分のお洒落レベル」


だと思っている人。


めちゃくちゃ嫌いです。はい。


そういう人達にありがちなケースが2つあって。


①知識のない人に対してマウントを取って馬鹿にする。


対してお洒落でもない高圧的な販売員に多いと思ってます。


そういう糞みたいな販売員がいるから、

 

何も知らないお客様が怖がって、

 

洋服屋に買い物に行き辛くなってしまうと思っています。


そういう光景は、見ているだけで恥ずかしいので死んで下さい。


②1着もそのブランドのアイテムを持ってないくせに、さもそのブランドの大ファンですよ的な振る舞いをする。


頑張って、働いて、買ってからにして下さい。


勘違いして欲しくないのが、②に関しては、


「憧れてはいるけど、今の自分の収入じゃどう頑張っても買えない。でもいつか絶対必ず買うぞ。」


っていう謙虚な人のことではありません。


「○○の19AWのコレクション見た?マジ、やばくない?でも前シーズンの方が良いクリエーションしてたよね?」

(こうは言うけど、どのシーズンのアイテムも持っていない。せいぜい持っていてめちゃくちゃ安いエコバッグだけとか)


っていう人のことです。


僕はこういう人たちよりも、


「このブランドよくわからないけど、なんかすごいカッコよかったから買ったんだよね!」

(もちろんこの人は恐らく、接客の中で洋服のディテールとかも聞いて全てに納得をして買い物をしている)


っていう人の方が好きです。


こういう人って「美意識」をしっかり持ってるんだなと思います。


しかも大体、そういう人は後天的にしっかりそのブランドや洋服のディティールとかを勉強して、


健全に洋服を楽しんでいる人になれる可能性が高いと思っています。


だから僕の言う「美意識」っていうのは、


「なんとなく」


という直感を大事にして欲しいなっていう話です。


その「なんとなく」を信じて、試行錯誤を続ければ、


いつかその「美意識」が「自分だけのセンス」になり、


「知識」へと枝分かれしてくれる筈だと思います。


だから、「知識」なんて重い鎧は装備せずに、


「ぬののふく」だけで、洋服を買いに行ってみて下さい。


すごい楽しい筈ですから。


あ、今月の別注が全部揃ったので、


是非、「ぬののふく」を着て遊びに来て下さい。


それでは、また。

 

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「サボるためにサボらない」という話。

皆さん、こんばんは。


今日も綴っていきます。


今回は「サボる」ことについて書いていこうかなと。


一般的にサボるっていうのはあまり良いこととはされていないと思います。


ですが。


僕は基本的には、常に「サボりたいな」と思っています。


厳密に言うと、常に「楽がしたい」と思っています。


よく、「若い頃は苦労をしないといけない。」だとかなんとか。


そういう様な、偉い人達があーだこーだ残した言葉がありまして。


まぁ、それも間違ってはいないと思います。


僕も前職の時は死ぬほど、苦労してきたので。


でも僕が勘違いして欲しくないと思っていることは、


苦労の量=成果(売上、名誉など)


ではないということです。


なんかこの考えって根性論に重きを置いている、


まさに日本人らしい、思想?的なものがすごく強く根付いているなと、


僕は昔から思っていました。


(早くそんな考えは無くなって欲しい。)


多分、皆さん一度は考えたことはあると思うんですけど、


「楽して、お金持ちになりたい。」


一回くらい、考えたことありますよね?


「そんな考えは甘過ぎる。」


と、一蹴されてしまいそうですが。


いいじゃないですか。


理想的じゃないですか。


僕はそれって本気で突き詰めれば、実現できると思っていて。


例えば、前回「SALEはしない」っていう記事を書いたんですけど。


あれも元をたどれば、「楽がしたい」という想いが根本にはあります。


だってSALEってやる側からしたら、とても面倒くさいことで。


SALEをやる時に何をするかというと。


・POSシステムを使っている場合、売変(値段を変えることです)の作業をしなければいけない。

・売場に並んでいる、下げ札に売変シール(○○%OFFってやつです)を貼らなければいけない。(人件費の無駄)

・そのシールも発注しなければいけない。(本当に経費の無駄)

・SALE用のPOP(ポスターとかカッティングシート)を発注して、設置しなければいけない。

・そこまでやって、売れたとしても粗利益が下がる。

etc...


とまぁ、本当に面倒くさいんですよ。


だからタイトルにもあるように


「サボるためにサボらない」


ということは、


SALEで例えるのであれば、


「SALEをサボりたいから、定価で売る努力はサボらない」


ということなんです。


他にも例を出すと「掃除」も僕はサボりたくて。


前職で販売をしていた時に、


毎日、OPEN前にお店で掃除機をかけるんですけど、


掃除機かけるのって面倒くさいじゃないですか?


特に、何かをどかしてその下の埃とかを吸わなきゃいけないとか、


本当に面倒だなーって思ってて。(ちゃんとやってましたけどね笑)


だから自分のお店を作る時は、


「掃除をサボるために、掃除が楽にできる内装をサボらずに考えよう。」


と考えてました。


考えた結果、「全部、吊り下げればええやんけ。」


という結論に至りました。笑


WAGAMAMAに来てくれたお客様なら、わかると思うのですが、


ウチのお店は置き什器(机とかラックとかのことです)と言われる物がほとんどありません。


洋服とか殆どのアイテムを、天井から吊り下げているんです。


つまり、床にあまり物が置かれてないんですよ。


だから、今も毎日、OPEN前に掃除機をかけるんですけど、


めちゃくちゃ楽です。


だって、どかす物がないから。笑


しかも固定式の什器ではないので、


かなり簡単に売場の雰囲気も変えることができる点も素晴らしい。(自画自賛です笑)


まぁ、まとめると、


「サボる」ということは突き詰めれば、「生産性が上がる行為」なんですよ。


ということを今回はお伝えしたかったです。


なので、皆さんも上司とか先輩とかに、


「サボってんじゃねぇぞ。」


と怒られたら、サボるために(楽をするために)、どうすればいいか考えてみてください。


そうしたら、ちょっとだけ仕事が楽しくなるかもしれません。


それでは、また。


※今回のBLOGの記事を書こうと思った元の記事を貼っておくので、

よければこちらもご覧ください。すごく面白いです。

 

 任天堂・岩田氏をゲストに送る「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」最終回

 ――経営とは「コトとヒト」の両方について考える「最適化ゲーム」
 
 https://www.4gamer.net/games/999/G999905/20141226033/

「SALE」の話。

皆さん、こんばんは。


今日もつらつら書いていきます。


今日のテーマは世の中に存在するアパレル企業の99%に対して、


中指立てる様な内容を書いていきます。


だからちょっと緊張しています。笑


でも反論があれば、ガンガンコメント欲しいです。


結論から言います。


「SALEをやる会社は糞です。」


あ、勘違いして欲しくないことは、これは消費者目線の話ではなく、


経営者目線(何か偉そうですみません。)の話なので。


SALEを利用する人は別に否定しません。

 

(僕は昔はSALEで買い物していましたが、今は基本的には定価でしか買いません。)


僕は本当にSALEをしてる企業、お店(EC含め)は糞だなって思っています。


(ちなみに福袋も糞だと思ってます。)


買い物好きな人なら誰しも一度は経験があると思いますが、


「自分が定価で買った洋服がSALEで安くなってる…。」


そんな経験ありませんか?


これ、すごい悲しくないですか?


僕は、何度も同じ様な経験があります。


「もう少し安く買えたのかー。」


って思うことはもちろんですが、僕は買った物がSALEにかかってしまうと、


自分が気に入って買ったはずなのに、よくわからないけど愛着度が下がる気がしました。


企業がSALEをする理由は、色々ありますが。


・当月の売上高が振るわない
・年明けや8月のSALEの時期にディベロッパー側から、依頼をされる
・集客イベントが思いつかなくて、取り敢えずSALEをする
・不良在庫が会社の資金繰りを圧迫している
etc...


これらの理由の中に、


「お客様のためにSALEを行う理由」


は1つもありません。


え。


「値段安くすれば、お客様にとって得じゃない?」


いや、そうですよ。


だけどさっきも言ったように定価で買った人を悲しませると僕は思っているので、そこは相殺だと思っています。


さらに、値段を安くするということはその物の価値を下げるということなので、


デザイナーやパタンナー、生地メーカー、物流、ブランドイメージなど、それに携わる全ての人々の価値も下げると思っています。


僕の中でSALEをするっていうことは、


「定価で買った人や、デザイナーなどの関係者のことは知らないけれど、今は会社の売上が大変だから安くするから買ってくださいよ」


ということだと僕は思っています。


そう言うと、


「会社なんだから、売上取れないと継続的に経営ができないし、

従業員のお給料や仕入れの支払いができなくなってしまうから、

SALEをすることは企業にとって必要なことなんだ」


と言う人があるかもしれません。


そんな人たちに一言。


「じゃぁ死に物狂いになって、定価で売る努力をして下さい。」


そもそも定価で売れると思ったから、仕入れをしているわけで。


それの責任を持つことが企業の責任だと思います。


自分の仕入れた商品に対して最後まで責任を持てないバイヤーや、


商品に情熱や愛情のない販売員や、


周りに流されて、SALEを行うディベロッパーや小売り店。


そんな会社は近い未来、全て無くなると思っています。(というか消費者のためにも無くなって欲しい)


僕は基本的に仕入れをするときに商品の値段は見ません。


見るのは、オーダーを投げる最後の段階での予算に対して、オーバーしていないか確認する時くらいです。


「この値段なら売れるだろう」


という商品は大体売れ残ります。


だから僕は


「この商品はめちゃくちゃ、カッコ良くて、自分が着たくて、愛せる商品だ」


という物に関しては例え、上代(定価)が幾らであろうとも仕入れるスタンスで仕入れを行っています。


ここまでくれば、わかると思いますが、


僕のお店はSALEや福袋は一切やりません。


ちなみに。


自分のお店の商品を買う時も、自分で割引とか一切しないで買っています。


完全にお客様とフェアでいたいし、そして自分が欲しくて、買っているので。


とは言え、もし自分のお店が不良在庫の山になってしまったらどうするかというと。


自腹切って、全部自分で買って、誰かにプレゼントします。


そっちの方がSALEをやるより、100倍良いと思います。

 

(法律的にOKかどうかわからないので、ここはツッコまないで下さい。)


だから、僕のお店で買い物するときは、


「あぁ、もしもこれがSALEになったらどうしよう…。」


なんて糞みたいな悩みは持たないで、


純粋に物の価値だけで悩んで買い物を楽しんで下さいね。


それでは、また。

「似合う、似合わない」の話。

あけましておめでとうございます。

 

今年も、宜しくお願い致します。

 

三日坊主にならない程度にブログを続けていこうと思います。

 

(書くペースは本当に適当に書くので、そこは許して下さい。笑)

 

今日はタイトルにもある通り、

 

「似合う、似合わない」

 

の話をしたいと思います。

 

僕は前職でアパレルの販売をしていて、

 

接客の際によく、この「似合う、似合わない」の話をすることがありました。

 

その時の体験を元に今回はブログを綴っていこうと思います。

 

似合うの元々の意味は

 

「ちょうどよくつりあう。調和する。」

 

だそうで。

 

僕は以前、接客をしていた時によく、

 

「いやー、自分コート似合わないんですよねー。」

 

といったことをよく言われてきました。

 

すごくその気持ちはわかります。

 

でもそのたびにすごく悲しい気持ちにもなりました。

 

なぜかというと、世の中にはカッコよかったり、面白かったり、可愛い洋服がたくさんあるのに。

 

それをただ「似合わない」の一言で済ませてしまうのってすごく勿体無い気がして。

 

その一言で済ませてしまったら、僕なんて全然、洋服の幅が広がらないです。

 

僕は身長は低いし、顔がモデルの様なイケメンではないし、体格もすごい痩せてるし。

 

だから僕はロジックで洋服が「似合う、似合わない」で判断して、「着るか着ないか」を決めることは殆ど無くて。

 

「その洋服が着たいかどうか」

 

という気持ちと、

 

「僕がその洋服を似合うようになるにはどうすれば良いか」

 

を考えます。

 

基本的なところでは、コーディネートを考え始めます。(これを考える人は多いと思います)

 

それだけじゃなくて、例えば

 

髪色、髪型を変えてみようとか

 

髭を生やしてみようとか

 

筋トレしてみようとか

 

(女性だったらメイクを変えてみようとか)

 

欲しい洋服は形を変えてくれない(お直しすれば変わることもある)のであれば、

 

自分が変わることしかないと思うんです。

 

僕はロング丈のコートやレザーも着たいし、サルエルパンツやめちゃくちゃ短いショートパンツも穿きたいし、

 

兎に角、好きな洋服は絶対に楽しみたくて、自分が着たいモノは全部着たいんです。

 

だから洋服と向き合う時は、「似合う、似合わない」の概念は一旦捨てます。

 

「ちょうどよくつりあう。調和する。」

 

ではなく、

 

「ちょうどよくつりあわせる。調和させる。」

 

それを続けてきたから、僕は今こんなに色々な洋服にチャレンジすることができたし、楽しめてきたんだなと思います。

 

そして、最後に一番大事だと思うことは、自分が変わった上で、

 

「自分はこれを気に入って、似合っている。」

 

と、

 

「自惚れる程の自信」

 

を持って洋服を着ることです。

 

それができれば、僕は大体の洋服は似合うと思ってます。(完全なる自論です。笑)

 

強制するつもりはないんですけど、このブログを読んでくれた人達も同じような気持ちになってくれたら良いなと思って、

 

今回、このお話をしました。

 

まぁ最終的に何が言いたいかというと、

 

今月に普段、みんなが着ないであろう配色の我儘別注を販売予定なので、

 

フラットな視点でその洋服を見て欲しいなってことでした。

 

それでは、また。

 

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