我儘随筆

奥渋谷でこっそりセレクトショップやってます。我儘に書いていきます。コメントは1人で楽しみたいので公開しません。

「別注」の話。

皆さん、こんにちは。


ずーっと更新せずに申し訳ありません。


「ブログ辞めたんですか?」とよく聞かれるのですが、辞めてません。


書きたい事はたくさんあったのですが、思うようにまとまらなかったので、全然更新できてませんでした。


が、しかし。


今日はなんだか行けそうな気がするので頑張ります。


今回はタイトルにもあるように「別注」について。


ご存じの通り、僕のお店は毎月必ず別注を発売します。


今日、話したいことは僕が「別注」を作る時に考えていることをお伝えしたいと思います。


そもそも僕は独立する前、


「世の中には、売れ線に走る別注が多過ぎる。」


と、思っていました。


どこのブランド、どこのセレクトショップとは言いませんが、


「とりあえず、黒の無地で作っておけば間違いないでしょ?」


とか、


「インラインよりも安価な生地を使って、安くしとけばいいでしょ?」


という、安易な考えで生み出された別注が世の中に蔓延っていた気がします。


別注の起源は知らないし、知りたくもありませんが、


僕はそこには別注の本質は無いと思っています。


(別に売れ線に走ることは悪いことじゃないと思うし、ただ僕がやりたくないだけです。)


僕の考える別注の本質は、


「本来、存在しない僕にとっての理想のモノを作るということ」

 

(≒「僕の我儘の具現化」)


が、最重要な要素だと思っています。


甘い考えかもしれませんが、


「売れるか、売れないか」


は、二の次だと思っています。


(勿論、売れてもらわないと困りますが。)


もう少し噛み砕いた言い方をすれば、


「デザイナーさんが単独では絶対に作らないであろうモノ」

 

(それでいて僕が絶対に着たい、付けたいモノ)


が、僕の中での理想の別注です。


僕はデザイナーさんに、


「ここをこうして、あの生地を使って、こういう色にした別注が作りたいです。」


と、言うと、


「それ作って大丈夫ですか?(売れますか?と同義だと思ってます。笑)」


とか、


「作れますけど、定価がすごく高くなっちゃいますよ?」


といったことを、よく言われます。


でも僕はそういった言葉がとても嬉しくて。


だって裏を返したら、


僕がいなかったら、そのモノはこの世に生まれなかったということじゃないですか?


それって僕はすごく素敵なことだと思っていて。


100人中、100人が、


「これなら売れそう!」


というモノは作りたくなくて、


(そもそも誰でも、どこでも売れるモノを作って売っても、何の幸せも感じない。)


100人中、90人が、


「こんなの誰が買うの?」


と言って、


100人中、10人が、


「これは何が何でも絶対に欲しい!」


というモノが作りたいです。


その別注を買ってくれた、10人のとても幸せそうな顔や、


不安がっていたデザイナーさんに、

 

(いつも我儘言ってすみません。)


「この別注を作ってよかったね!」


と言われる時が、僕がお店を経営していて、一番幸せに感じる瞬間です。


なのでこれからも、


100人には響かないかもしれませんが、


10人に突き刺さる別注を作り続けるつもりなので、宜しくお願い致します。


そうそう今月の別注は、


僕とPiguさんの「我儘」で生まれた「別注」なので、


色々な人に突き刺されば良いな。


それでは、また。

 

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「お洒落」の話。

皆さん、こんにちは。


お久しぶりです。


大分、ブログをサボっていました。


すんません。


今日は「お洒落」の話をしようかなと思います。


昨今、SNSが普及し、


「お洒落」


という言葉を、嫌でも見聞きする毎日ですよね。


ずいぶん前の話になりますが、


シトウレイさんのセミナーを受けて、その際にレイさんが、


「お洒落」


について話しており、それがきっかけでこのブログを書いています。


最近、とても強く感じることは、今の人達の多くは


「お洒落」に正解を求めている気がします。


周りの人からお洒落と思われない=失敗


つまり、


「間違ったお洒落をしたくない」


という人が多い気がします。


(しかも無意識に)


すこし大袈裟かもしれませんが、ファッションだけでなく、様々な事象において、


失敗したくない、間違えたくない、笑われたくない


と、怯えながら生きている人がすごく多いと思っています。


僕なりになぜみんながそんなに臆病になってしまったかというと。


スマートフォン(ないしはインターネットの普及)


の所為(おかげ?)だと思います。


皆さんそうだと思いますが、


分らないこと、知りたいことがあったら、まず何をするかというと、


とりあえず、ググりますよね?


そうするとほぼ99%の回答が、わずか数秒で手元に示されます。


そんなことを繰り返すうちに、人々は間違えることを恐れてしまったのではないのでしょうか。


それが、ファッションの世界、ないしは「お洒落」という概念にも大きく影響を及ぼしていると思います。


例えば、「洋服が欲しいな」ってなった時。


スマホを使えば、


「どこに」、「どんな洋服が」、「幾らで売っていて」、「どう着こなしているか」etc.


が、一発で出てきます。


まぁ、便利な事。


僕が洋服に興味を持ち始めたころなんて、スマホはおろかインターネットさえ十分に普及していませんでした。


雑誌の情報だけを元に、高い電車賃を払って、東京まで買い物に行っていました。


その時に、


「いいな」


と思った洋服があっても、それが「カッコいい」か「カッコわるいか」なんて誰も教えてくれません。


だから、ひたすらに自分で「カッコいい着こなし」を考えるしかなかったのです。


今思うと、「あの買い物は失敗(無駄)だったなー」という、買い物ばかりでした。


さらにヘンテコな着こなしをして、友達とかに馬鹿にされることも多々ありました。


でもそれを繰り返すうちに、


他人に影響や干渉のされない、


自分だけの「お洒落」が出来上がった気がします。


雑誌やYoutuber、インスタグラマー、ファッションメディア、インフルエンサーが教えてくれる「トレンド」や「オススメ」は、


一見、「お洒落の答え」に思えるかもしれないけど、


僕はそうは思っていません。


トレンドをなぞることは、「お洒落になる」ことではなく、


周りから「お洒落に思われる」ための手段なだけ。


「自分だけのお洒落」を見つけたいのならば、


失敗してもいいから、正解を最初から求めずに、


他人の「いいですよ」


ではなく、


自分の「いいかもしれない」


っていう「直感」を大切にして、


それを育んでいく中で、「お洒落」を楽しんで欲しいな。


久しぶりにブログ書いたら、すごく疲れたので今回は以上。


そういえば、今月の23日、大阪でPOP UPやります。


僕、普段の店頭もそうなんですけど、


基本的に接客はしないので。


あまりフレンドリーな感じは期待しないで下さい。


だって、


「僕の答え」は「あなたの答え」じゃないから。


でも、


みんなの「いいかもれない」を、見つける手助けは一生懸命します。


それでは、また。

 

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「働く」ということの話。

皆さん、こんにちは。


色々書きたいことがあるけど、ブログ書くのってすごい体力使うんですよね。


だから、月一くらいのペースで勘弁して下さい。


実は僕、4日前(3/31)で前職の仕事を辞めて丁度、1年が経ったんですよね。


だから今日は「働く」ということの話をしようかなと思っています。


6年前の4月、僕はセレクトショップを運営するとある企業に入社しました。


その当時はやっと自分の夢でもある、アパレルの世界に入って、


夢いっぱいで新社会人として働き始めたのですが。


今振り返ると、すごくダサい働き方をしていたと思います。


何がダサかったかというと、


自分のために仕事をしていませんでした。


いや、周りの友達とかに口では、


「自分の夢のために、会社を利用してやる!」


って息巻いてたんです。


アパレルの会社に入ったことも間違いじゃないと思っていますし、


前職の会社には感謝もしています。


(好きじゃないけど。むしろ嫌い。)


ただ、僕の働き方が駄目だった。


今、ブログを読んでる方は信じられないとは思いますが、


当時の僕はとても打たれ弱く、兎に角、


「上司に怒られたくなかった」


のです。


上司もですが、会社の顔色を窺って働いていました。


例えば。


会社なので売上を取らなくてはいけないですよね。

 

当時の直属の上司が、ヤ○ザみたいに怖くて。

 

(今では仲良しですが)

 

当たり前ですが、売れないと死ぬ程怒られる訳ですよ。


だから必死に接客する訳です。


その時の気持ちって、


上司に怒られたくないという気持ち>お客様の幸せを願う気持ち


だったんですよ。

 

すごい嫌な表現なんですけど、売上が欲しいからお客様を詰めまくってました。


(まぁ、言ってしまえばグイグイな接客ってことです)


そんなことを続けてました。


包み隠さず話しますけど、当時、僕はめちゃくちゃクレームをもらってました。


(噂によると、1週間に一回は名指しでクレームが来てました。)


今でも、覚えているクレームで、


すごいショックだったのは、お客様から直接お店に電話が来て、


「お前、マジで死ねよ」


って言われたことがあります。


あれはショックだったな。


だから、きっと僕のことを覚えてて(顔が分り易いので)、


「あいつ、あんな糞みたいな接客してたクセに、独立したとかマジで舐めてんな。死ねよ、糞野郎。」


って思っている人が必ずいると思ってます。


この文章が届くかどうかはわかりませんが、あの時は本当にすみませんでした。


ただ、そんな気持ちとは裏腹に僕の売上は上がっていき、


その結果が認められ、バイヤー兼店長になることができました。


それは本当に嬉しかったのですが、


そうなるとより大きな責任が生まれ、

 

さっき述べた「上司に怒られる機会」がもっと増えました。


そこからは、


「上司に怒られないために、部下を辞めさせないように教育しなきゃ」


「会議で怒られたくないから、お店の予算取らなきゃ」


「取引先や他のバイヤーに怒られないように、洋服を売らなきゃ」


という、どんどん自分の中でプレッシャーばかりが膨らんでいって。


入社当時にあんなにピュアだった感情は、


そんな歪んだ感情の所為で、もう真っ黒になってしまっていました。


さらに本当にタチが悪いのが、


「上司に怒られたくない」


という感情は、


「上司に認められたい」


とも変換することもできるんですよ。


だから僕は途中から、


『僕は「上司に怒られたくない」のではなく、「上司に認められたい」と思っているんだ!』


と、思い込むことにしました。


その結果の働き方は何にも変わるはずが無いのに。


ただある時、限界が来てしまい僕は全ての役職を捨てました。


(正確には店長から降格したのですが)


正直、その時にもう独立するために必要なもの(お金、ブランドさんとのコネクション、PL的概念等)は全て揃っていると思いました。


なので僕は入社4年目にして、ただの「販売員」に戻るのでした。


そしてこんなこと言っちゃだめだけど、


「会社の売上や上司や社長の命令、ご機嫌なんて、どうでもいい」


という気持ちで最後の1年間は働いていました。


その最後の1年間は、本当に楽しかった。


もちろん販売員に戻ったとしても、怒られることはあったけど。


その時の僕は、


「上司よりもお客様に認められたい」


という気持ちを第一に仕事をしていました。


精神衛生はすごくクリーンに保たれました。


そして僕はそういう仕事を自分一人でやりたい。


と、決心をし仕事を辞め、独立に向けて準備をしました。


以上が僕の前職での出来事なのです。


確かに上司の顔色を窺って、仕事をすれば、


役職が付いたり、給与は上がるかもしれないけれども。


その働き方では自分の幸せには、一生辿り着かない気がします。


結論、何が言いたいかと言うと。


会社のためではなく、自分のため(同時にお客様)のために働いて欲しい。


ってことです。


それはイコール、


「自分に正直に生きる」


ということなので。


オナニー全開の仕事論を書き散らして、何か妙にこっぱずかしいので今回は以上。


あ、今週の土曜日、服馬鹿のバイヤー3人でフリマやります。


みんな、「自分のため」だけに今まで買い集めてきたコレクションをお披露目します。


できれば本当は売りたくないモノしか持っていかないし、値段も別に安くないです。


だからフリマというより、みんなの持ち物自慢大会になりそうな気もしますが。笑


まぁ、興味がある方は是非。


それでは、また。

 

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「謙虚さ」と「八方美人」の話。

皆さん、こんにちは。


今回のブログは相当、言葉使いが悪い内容になります。

 

(いつもか。)


僕のことを嫌いになる人もいるでしょう。


まー、でもそんなこと気にせずに今日もブログを書いていきましょう。


今日はタイトルにもある通り、


「謙虚さ」と「八方美人」


の話をしようと思います。


大前提として、僕は「八方美人」な人間が大嫌いです。


そして、さらにタチが悪いのは、世の大半の人間は、


自分のことを「謙虚な」人間である


と、勘違いしている「八方美人」の糞野郎どもしかいないということ。


僕は色々なところで、


「何をやっているんですか?」


と、聞かれて、


「渋谷でセレクトショップをやってます。」


大体の初対面の人に、こう答えます。


すると99%の人は、


「えー!すごい!今度、遊びに行きますね!」


と、言われます。


その瞬間、僕は心の底から、


「うぜぇ。」


と、思っています。


まず、そういう人たちは、僕のことを本当に「すごい」って思っていないと思ってます。


店舗を見ていないのに。


ましてやインスタグラムのアカウントさえも見たわけでもないのに。


お前は何を思って「すごい」と発言したんや。


と、思ってます。


(もしかしたら、僕が嘘ついてるかもしれないのに。)


そしてそういう人達は99%、お店には来ないです。


(↑の発言をして、ちゃんとお店に来てくれた人達、本当にすみません。)

 

(本当に行きたくて、時間が無くて来れない人もすみません。)


僕は僕に対して、「興味を持つフリ」をする人が本当に嫌いなんです。


そんな人達と関わりたくない。


(後、「断り方だけが上手な奴」にもロクな奴はいないと思ってます。)


なんなら、まだその場で、


「興味ないんで、多分行きませんね。」


って言ってくれる人の方が、1000000倍信頼できるし、人間的に好きです。


「その場をふわっと盛り上げて、良い感じに会話を終わらせることができる能力」


が、「謙虚な人間の能力」だと、思いこんでる奴らはくたばって欲しい。


じゃぁ、「謙虚な人間」ってどんな人ですか?


という、話になってくると思います。


さっきの話で例えましょう。


僕の中で、謙虚だなという人間は、

 

僕が


「渋谷でセレクトショップをやってます。」


と、言ったら


「そうなんですね。」


ただ、それだけでいいです。


そして、本当に興味を持ってくれたのならば、


「何も言わずに、お店に来てくれる人」


が、最高に「謙虚な人間」だと思います。


僕の中で、謙虚な人っていうのは人のことを喜ばせることに長けている人間だと思っています。


冷静に、もしこのブログを読んでいるあなたがお店を経営している人だとして。


「すごい!今度行きますね!」


って、言って来ない糞野郎と、


「そうなんですね」


って言って、黙ってお店に来てくれる人、


(しかも大体黙って来てくれる人って差し入れ持ってきてくれたり、買い物してくれたりする人が多いんですよ)


どっちが嬉しいですか?


別に僕の考えを押し付けたい訳でもないし、


僕の考えが正しいと言う訳でもないけど、


「謙虚さ」と「八方美人」を勘違いしてる人が多過ぎて、今回このブログを書きました。


あと、これは僕の友達間でよくあるのが


「行けたらいくね~」


これも、僕はめっちゃ嫌い。


(同じく、99%来ない。)


この言葉を多用して、


「私って色んな人と上手く交友できてる!」


って勘違いしている糞馬鹿野郎の人。

 

それを続けていたら、いつか、


「行きたくても、行けなくなっちゃいますよ?」


悪口いっぱい書いて、大分スッキリしたので、今回は以上。


あ、明日から3月の我儘別注が発売です。


「謙虚な」物作り、是非ご覧下さい。

 

それでは、また。

 

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「きっかけ」の話。

すみません、暫くブログサボってました。


いや、正確には書こうとはしていたのですが、


思うように文章がまとまらず。


書きたいときに、ぐわーって書きたいんですよ僕は。


今日なら、いけそうな気がするので書いてみます。


今日はタイトルにもある通り、「きっかけ」の話をしようかなと。


「きっかけ」と一言で言いましても色々ありまして。


大好物ができた「きっかけ」、その仕事に就いた・辞めた「きっかけ」、人を好きになる「きっかけ」…。


今回、僕が話したいのは、


僕のお店を知る「きっかけ」


について話したいなと思います。


主に僕のお店が行う、広報的なお話しになるかなと思います。


僕の中で、お店を経営していく中で1つルールを決めていて、


「広告費は1円もかけない」


というルールがあります。


それはなぜかというと、僕は広告費をかける位なら、


カッコいい店舗用の什器にお金を使いたいし、


お客様に届けるためのカッコいい洋服(洋服以外も)の仕入れにお金を使いたいからです。


それに今は上手く言葉にできないので、すごく抽象的な伝え方になるのですが、


広告費を払ってした宣伝でできたファンって、なんか似非なファンな気がしてしまうのです。


(これに関しては今、理由を上手く説明できません…。)


だから、僕は基本的に一切、お金のかかる宣伝方法はしません。


今まで様々なメディア媒体やインフルエンサー(この呼び方すごい嫌なんですけど、現状これ以外に表現できる言葉が無いので嫌々使います)に、


お店の告知をしていただいてますが、それらに一切、金銭のやり取りは発生していません。


つまりはどういうことかと言うと。


僕は原則、


「お金のかからない、広告なら何でもやります。」


ということです。


まだ正確には決定していないので、発表はできませんが、


テレビや雑誌、新聞、Youtuber、TikTokerなどなど。


お金がかからないのであれば、僕はいくらでもそれらの媒体で告知をしていくつもりです。


そして、僕はわかるんです。


そうなっていくと、


「あぁ、あんまり知られていない、あの感じが好きだったのに…。」


「YoutuberやTikTokerとかテレビとか、あのお店もミーハーな感じなんだな…。」


などということを言い出す、アンチが生まれてくることが。


まだ、その様な状況ではないと思うのですが、


その様な状況になっていると仮定をしましょう。


そしてその状況で、今まさにこのブログを読んでいる、アンチのあなたに一言。


「黙れ。」


なぜ、黙れなのかというと、


僕は人生を懸けて、お店を経営しているからです。


僕の中で、広告の概念は、あくまでも


「きっかけ作り」


なんです。


どんなメディアでもいいです。なんなら、友達に紹介されたという口コミでもいいです。


そのきっかけでお店に来てくれるまでが、広告のあり方だと思います。


お店に来た後は、もう広告は関係ないと思っていて。


その後は、


品揃え、内装の雰囲気、接客のクオリティー、クロージングの立ち振る舞い…etc。


といった、お店のパフォーマンスでその「きっかけ」を生かすか殺すかが決まると思います。


いかなる「きっかけ」で来店された方も、どっぷりそのお店のリピーターになるかもしれないし。


反対にもう二度、そのお店に来なくなるかもしれない。


それで良いと思います。


なので僕の中での広報のロジックは、


できるだけ幅広い人にお店に来る「きっかけ」を作ってあげて、


その「きっかけ」を使って、全身全霊で接客をする。


ただ、それだけです。


その延長線上に、


売上が生まれたり。


お客様が洋服を好きになってくれたり。


という、+な結果が待っていると思います。


真剣にお店を経営してる方々(僕もです)の「きっかけ作り」を、馬鹿にする権利なんて誰にも無い筈です。


だから、僕は広告媒体の系統に勝手に優劣をつけて、お店を非難するアンチに「黙れ」と言いたいのです。


僕はそのアンチの顔色を窺いつつ、「きっかけ」が作れないまま、死ぬ(お店が閉店するということ)よりも、


アンチを無視してでも、できることは全てやって、自分の好きなことをやり続けたいです。


冒頭の例えでも述べましたが、人を好きになる時も、


誰かに話したら、笑われてしまう様な、些細な「きっかけ」で人を好きになってしまうじゃないですか。


それに対して、ギャーギャーと非難されましたか?


周りのみんなは「わかるよ、わかる。」と言ってくれた筈です。


だから同じ様に僕のお店の「きっかけ作り」も寛容な精神で受け入れて下さい。


「きっかけ」のゲシュタルト崩壊を起こしそうなので、今回は以上。


あ、3月10日まで、ジュエリーのイベントやってます。


これも誰かの人生をより楽しくする「きっかけ」になってくれると良いな。


それでは、また。

 

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「みんなに愛されるなんて、まっぴらごめんだ」という話。

皆さん、こんばんは。


今月の前半は申し訳ございませんでした。


風邪で死んでいました。


だいぶ、体調も戻ってきたのでブログでも書きますね。


最近、色々な人たちとお会いする機会が多いのですが、


結構な確率でブログを読んでいてくれる人がいてびっくりしてます。


ありがとうございます。


今日も元気に我儘に書いていきます。


今回は「好きと嫌い」の話でもしようかなと思います。


いきなりですけど、僕は


「みんなのことが大好き!」


という人が嫌いです。


嫌いというか、めちゃくちゃ胡散臭いなって思います。


全ての人を愛せる人なんて、多分存在しないと僕は思っています。


誰しも人の好き嫌いはあると思っていて。


僕もまたその一人。


こんなこと言ったらセレクトショップのオーナーとして失格かもしれませんが、


「なんかこの人、合わないなー」


っていうデザイナーさんや、


「この人の態度、なんか気に入らないなー」


っていうお客様とか。


めーーーーーーーーーーーちゃくちゃいます。


原則、そういう人には必要以上に関係性を持ちたくないので、


極力、近づかないようにしています。


(危害や圧力などをかけてくる場合は殺します)


僕もやっぱり人間なので、


「自分が尊敬できる人や面白いなと思える人」


としか、仕事はしたくないですし。


「自分のしてくれることに共感して、お金を払ってくれるお客様」


を最大限に大事にしたいなって思っています。


昔、自分はすごく八方美人で、


「誰からも嫌われたくない!そしてみんなに愛されたい!」


と、思ってました。


でも気が付きました。


「それは無理だ」


ということに。


勘違いしてほしくないのが、


「みんなから愛される」


ということは不可能なことではないと思います。


ただそれには


莫大な時間、


信じられない程の労力、気力(自分が傷付いてしまう程の)


圧倒的なお金


などなど。


が必要だと思っています。


そして、みんなに愛されようとすればするほど、


「何かが薄まる」(コンセプトや思い、情熱など)


気がします。


恋愛とかすごくわかりやすい例だと思うんですけど、


自分が好きな人や、自分のことを好きな人のために努力することって、


めちゃくちゃ楽しくないですか?


だから僕は、


「僕のお店や僕のすることが嫌いな人に、自分を好きになってもらう努力」


は、1mmたりともしたくないです。


(っていうか、しません)

 

そんな人たちのために、一喜一憂したり、時間やお金を使うなら、


その代わりに、


「僕のお店や僕のすることが好きな人が、もっと自分を好きになってもらう努力」


を、全力で(お金も時間も体力も全部使って)したいです。


さっきも述べましたが、そっちの方が楽しいし、楽なんですもん。


今回は、


僕の我儘についてこられる人だけ、ついてきてください。


ついてこられない人のことは知りません。


っていう話でした。


あ、来週もまた我儘全開の別注が入ってくるのでお楽しみにしてて下さいね。


それでは、また。

 

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「知識」と「美意識」の話。②

皆さん、こんばんは。


1月も終わりますね。


あっという間ですね。


ということで。(どういうことで?)


今日もブログを書いています。


前回は「知識と美意識」の話をしました。


前回の目線は消費者目線の話でした。


今回は経営者?(物でもサービスでもいいんですけど何かを提供する側)


の目線からのお話しをしようかなと。


(このブログでは提供者としましょう。)


結論から言いますと。


「世の中には美意識の低すぎる、提供者が多すぎる」


ということが言いたいです。


どいうことかというと。


例えば、小売店で言うとタグがめちゃくちゃ汚れてるとか。


なんでタグが汚れてしまうかというと。


一度、SALEになったアイテムってタグに○○%OFFっていうシール貼るんですけど、


SALE終わった後に、定価に戻すお店がたまにあるんですよ。


そのシールを剥がす時に、タグが着れたり、汚れたり、シールの粘着のベタつきが残るんですね。


その汚れたタグが付いたままの商品を、そのまま平気で出してるお店が結構あるんですよね。


多分、売る気無いんでしょうね。


というかお客様を馬鹿にし過ぎてると思うんですよね。


普通のお客様だったら、多分気が付くと思うんですよ。


「あれ?なんかタグが汚れてる...。」


と。


僕だったら、そんな商品絶対に買いたく無いですね。


あとは、僕、他のお店行った時、色々な所に目がいっちゃうんですけど、


恐らく、店員が気が付いていないところにめちゃくちゃ埃が溜まってたりするんですよ。


なんかそれ見ちゃうだけで、


「なんとなく、このお店に良い物は無いだろう…。」


という気持ちになってしまいます。


あとはインスタの写真。


このご時世、販促用に店舗やブランドのアカウントはほぼ全員持っていると思いますが。


そして恐らく、すごい良いカメラとレンズ使ってたりするのに、


写っちゃいけない物が写ってしまっている。


(ゴミとか埃、商品のタグ、タグの紐、反射して写る撮影者の顔...etc)


UPする前に確認しないのかな。


あとはインスタとかブログの文章。


いや別に難しい言葉を使えとかっていう訳じゃないんですけど。


何か文章を書いて、世に放つ人としては


「 」と「 」


を区別できない人は、文章を書いて欲しくないです。


あ、↑のやつは、「 」(半角スペース)と「 」(全角スペース)です。


「なんでそこは半角スペースなのに、ここは全角スペースやねん!統一しないんかい!」


って思ってしまうことが多々あります。


(敏感過ぎですか?笑)


最後はインスタのハッシュタグ


「#○○さんと繋がりたい」


この類のタグ、個人的にめちゃくちゃ嫌いで。


なんかヤリマン、ヤリチン感が迸ってませんか?


あと完全な偏見なんですけど、


#お洒落さんと繋がりたい


っていうタグ使ってる人でお洒落だなと思う人に出会ったことありません。


もしも使っている人がいたら、ごめんないさい。


(あんまり、ごめんなさいって思ってないですけど笑)


とまぁ、色々ぶちまけましたが。


これって全部、知識ではなくて美意識だと思うんですよね。


この美意識を得るためには、お金とか勉強とか必要なくて、


「お客様目線から見た時、お客様はどう思うかな?」


という当たり前のことを考えていたら、発揮できる美意識だと思っていて。


そういう

 

#美意識を持てない提供者さんとは繋がりたくない


っていう話でした。


それでは、また。